英語を「そのままの音」で聞けない理由 002

知覚がつくる「幻の英語」
人間の耳は単なる録音機ではありません。音を聞いた瞬間に、脳は自分が知っているカテゴリーに当てはめて処理します。たとえば日本語の母音は「あ・い・う・え・お」の5つに限られますが、英語にはそれ以上の母音が存在します。ところが日本語の音環境で育った私たちは、それらを聞いたときに「近いもの」に分類してしまいます。英語の [æ] と [ʌ] は本来別の音ですが、日本人の耳にはどちらも「あ」に近い音として処理されやすいのです。これが「自分の都合のよい音に聞こえる」正体です。
心理学ではこれを 「知覚的同化 (perceptual assimilation)」 と呼びます。脳は新しい音を既存のカテゴリーに押し込み、理解を容易にしようとする。英語を学んだ経験がある人ほど、この同化が強く働きます。なぜならローマ字やカタカナという「補助輪」が既に頭の中にあるからです。
習っていない言語は「真似しやすい」
逆に、フランス語や中国語のように知識ゼロで耳に入る音は、脳がまだカテゴリーを持っていません。そのため、「何だか不思議な音」としてそのまま残りやすく、模倣がしやすいのです。未知の音をゼロからコピーできるのは、まだ自分の母語の枠に当てはめられていないから。つまり「わからないからこそ、正しく真似できる」という逆説です。
勉強したことが壁になる paradox
学習経験は本来プラスであるはずなのに、発音においては逆に壁になることがあります。ローマ字の “R=アール” という固定観念や、カタカナの「ウォーター」「コンピューター」という表記が、現実の英語の音を歪めてしまう。脳は便利なショートカットを作ったつもりでも、そのせいでオリジナルの音にたどり着けなくなるのです。
これを心理学的には 「トポダウン処理 (top-down processing)」 と呼びます。下から入ってきた純粋な音声情報を、上からの知識や期待がねじ曲げる。英語の音を「知っている」と思うほど、実際には遠ざかってしまう paradox が生まれるわけです。
フィルターを外すためのアプローチ
この現象を打破するには、
「音を意味から切り離して体に刻む」ことが重要です。
- 英語をBGMのように聞き、単語を理解しようとせずにリズムやメロディだけを追う
- アルファベット表記を見ずに、音だけを真似する
- 自分の発音を録音して、ネイティブの音と「波形」として比べる
こうした訓練を続けると、母語フィルターを少しずつ弱めることができます。
英語を「既に知っている言語」としてではなく、「未知の音楽」として聞き直す。これが、学習経験がかえって妨げになる paradox を乗り越える第一歩なのです。
