推察する英語

最近、コンプレヘンシブル・インプットという考え方を知りました。クラッシェンという方が提唱しているもので、優しい理解可能な英語をインプット(聴く、読む)ことのみが、言語の習得になるというもの。
それ以外の勉強的なものは、実際には使えないという理論です。
たとえば、誰かが目の前にいて、状況があり、ジェスチャーがありという状況で、何かわからない言語で話すとします。そのときに、推察して、意味がわかるとします。
それでOKということです。
これって、娘の言語習得の本にも書きましたが、まさに娘がやってきたこと。
私の言葉や、アニメの言葉を聞いて、勝手に言語を習得していったやつです。
今、中学1年生になりましたが、久々に2歳ごろの動画を見ると、本当に流暢に英語を話しています。
そのときの言語習得の謎を解こうとした書いたのが例の本ですが、彼女が言語を習得した謎は、「推察」でした。
全部、意味を推察し、進めていくのです。その間、確かめたり、辞書を引いたり、一切しません。
先日、このインプットの話をしたら、「今日まで一度も辞書を引いたことがない」と自慢してました。これは自慢でしょうか。
親としては英英辞書などを使って勉強してほしいのですが、一切やりません。
ただ、英語の本を読んでいるので、まぁいいかとなっています。
この推察を使った習得法を、自分もやろうと思ったことがあります。
動画を見て、わからない言葉を推察していくのです。
やってみましたが、どうしても答えを知りたくなります。しかも、今はそれが簡単にできますよね。
個人的な経験では、「読む」のインプットをたくさんやっても自然と話すことはできないし、英語の試験は高得点が取れても、話せないシンドロームになると思っています。
この話せないシンドロームはクラッシェンさんも似たようなことを言っているようです。
本を出したときに取材に来られた方がいました。英語習得に関して、
「何もしてません」
と言っても、信じてもらえませんでした。
「いやいや〜なにか勉強させられたんですよね」
という感じで、最後まで取り合ってくれません。
「推察して覚えているみたいです」
とも言ったはず。
クラッシェンさんのことを話したら信じてくれたのでしょうか??
