イギリスの現在完了は完璧 couldの柔軟性 番外編
「ついでにmust have ➕過去分詞 も覚えてしまおう」 せっかくここま …
前回、過去の推測をやりましたが、単純に現在完了を過去にすればいいのでは?
と思うかもしれません。
ですが、現在完了を過去にするのは、やはり時間の特定になります。
Do you think he’d lost a lot of money?
「彼はたくさんのお金を失っていたと思うか?」
です。
he had lost ~
は現在完了ですね。
ある部屋にシャーロックが侵入すると、ある銀行マンがベッドで死んでいました。
自殺が疑われます。
そこで、
「彼はたくさんのお金を失っていたと思うか?」
と言うわけです。
ワトソンにたずねているわけですが、まず、「~と思うか?」と現在形でききます。
そして、その後半
「彼はたくさんのお金を失っていたと」
と説明するのですが、「お金を失った」のはいつか、意識していません。
なので、まず現在完了になります。
もし彼が生きていたら、hadはhaveになります。
ですが、自殺してしまったので、hadになります。
生きている最後の瞬間、時点を意識しています。
アメリカなら、
Do you think he lost ~
でもいいのですが、日本語訳は
「彼はたくさんのお金を失ったと思うか?」
となります。
「失っていた」と「失った」では、時間の意識がだいぶ違います。
「失った」は、お金を失った瞬間。
「失っていた」は、自殺したときまでに、失っていたかどうか。
こういう表現の違いをイギリス人は絶対に間違いません。
He’d been threatened.
「彼は脅されていた」
というセリフも出てきますが、こちらも脅された時点を意識していませんが、自殺するまでにすでに脅されていたという意味です。
一方、ある会長のところに警察が来たという報告を電話で受けた人が、
「警察が来たらしいよ」
と言います。
これは、来た時間を意識していないので、イギリスでは絶対的に現在完了です。
しかも、会長は生きているので、
もう一つ、時制を意識しないものに、仮定法があります。
If you had this book, you could have fun more.
「もし君がこの本を持っていたら、もっと楽しめるだろうな」
現実は本を持っていないので、別の世界線を想像しています。
その世界では、「いつ」の意識がありません。
過去だとはっきり言いたいときは過去完了を使いますが、過去形の場合は過去だろうが今だろうが、未来だろうが関係ないのです。
「君が本を持っている状態」に、時間の意識はないのです。
同様にcouldにも時間の意識がありません。
tomorrowとかin the futureといった時間に関する言葉をつけることで、時間を意識させることはできます。
仮定法の後半部分、
自動詞の考え方としては、「主語だけに関係し、他に影響を与えない」とも定義できます。
I stand.
you stand.
どちらも、主語が「立つ」だけで、そもそも意味的に次に何かを置こうと思わないので、自然と自動詞的な使い方になると考えることもできます。
最初から次の目的語が必要な意味の動詞なら、そもそも次を言いたくなるというわけです。
隣り合う文字同士が強力に結びついているとしたら、その結びつきは自動詞なら主語と動詞が強く、他動詞なら動詞と目的語が強くなります。
とはいえ、そう簡単にもいきません。
discuss
は「議論する」ですが、意味的に自動詞か他動詞か判断できるでしょうか。
私は議論する。
でも成立しそうです。
でも、discussは他動詞。
「を議論する」という意味になり、「を」が含まれていると考えるのが良さそうです。
discussという言葉自体に、右に続く矢印をイメージして、主語と動詞よりも、動詞と目的語の繋がりを強く感じるといいでしょう。
後ろから前に修飾する関係副詞のwhereとwhen。
時に関する名詞のあとならば、whenを使って繋ぐのが普通だと考えられるのに、実際にはwhereが使われていることがあります。
I was sitting on the terrace all morning, but of course there were plenty of moments where I suppose I could have gone after Macarthur without anybody noticing.
(「そして誰もいなくなった」アガサ・クリスティより)
訳は、
「私は朝の間ずっとテラスに座っていたが、もちろん、誰にも気づかれずに、マッカーサーのあとを追うことができる時間はたくさんあったと私は思う」
という感じになると思います。
I supposeは省略するとして、
My fate’s in the hands of a four-year-old who has seven other imaginary friends.
(映画『恋人はゴースト』より)
英語のリスニングで問題になるのは、ここで何度か紹介してきたとおり、リンキングによって単語が分解されて消えてしまうからです。
母音を中心に話す言葉なので、この分解現象が起こってしまいます。
たとえば、
My fete’s in the
は、マイフェイツィナとなります。
inのインという音が消えます。
sとiが結びついてさらに前のtと結びついてツィという音になり、inの後半のnがtheと結びついてナという音になります。
hands of a
は、ハンズオブアではなく、ハンザバになります。
オブという音が消えるのです。
ハンズ・アバでもなく、ハンザバ(ヘンザバ)です。
ズがザになるのです。
これがリスニングで音だけで聴くと難しくなる原因です。
ハンズオブアならいいのですが、ハンザバだと違う単語に聴こえてしまうからです。
ハセヴナダー
はどの部分でしょう?
英語の本や小説を読んでいて、いつもいまいちしっくり入ってこないと思っている方は、この章を理解すればかなり読解力が進むと思います。
どうして英語の文がわかりづらいのか。
それにはしっかりとした理由があります。
ズバリ、接続詞と関係副詞、関係代名詞の関係性です。
たとえば、whenやbutは文法の基本として最初に学んでいるはずですが、文章を読んでいて時々「, when」の訳し方に疑問を感じることはないでしょうか?
カンマのあとに空白、そしてwhenの文です。
一方、カンマがない文には、英語学習者にとって違和感ありません。
I did it when I had seen it.
それをみたときにそれをやりました。
英語の正しい順序としてはこのようにwhenが真ん中に来るかたちです。
これは接続詞のwhenになります。
倒置した場合は、
When I had seen it, I did it.
となります。
日本語に訳すときは、カンマがないときは後ろから訳し、倒置されたときは同じ順に訳します。
それでは、例の「, ➕when」を見てみましょう。
アガサ・クリスティー「And then none were there」からです。
I was speaking with a doctor friend of mine, when he mentioned how many murders must happen that the law cannot touch.
倒置していないのにカンマがついています。そして、訳はこんな感じになります。
「私が友人の医師と話しているとき、彼は法律でタッチできない殺人がどれだけあるのだろうと語っていた」
この「私が友人の医師と話しているとき」が変だなと思いませんか?
「法律でタッチできない殺人がどれだけあるのだろうと語っていたとき」ではないの? となりませんか。
接続詞の
When I had seen it
のときは、「それを見たとき」と訳すのに、前の文に「~とき」と訳すのはなぜでしょう?
まさにここが英文を難しくしている部分で、もやもやしている部分ではないでしょうか?
ここらへんがクリアになってくると、一気に英文は読みやすくなります。
まず、このカンマを伴うwhenは、接続詞ではありません。
「英会話をしよう」「ネイティブとレッスンをしよう」「AIで話そう」という言葉に迷わず「やらなきゃ!」と思うことでしょう。
「習ったばかりのあのフレーズを使って話してみよう」とか、「なんて言おうかな」とか、英会話ではいろんなことを考えます。
でも、大事なのは、「何話そう?」ではありません。
日本で英語を勉強した人の100パーセントが、英会話のチャレンジにおいて、「何話そう?」と考えます。
日本語で。
これは間違いないです。
「英会話に通う」という真面目な性格で勤勉なあなたが、「何話そう?」と準備をせずに、適当に英語を口に出すことなんてするわけがないからです。
ですが。
残念ながら、「何話そう?」の準備は、英会話の敵です。
どうして「何話そう?」が敵なのか。
それは、文章を頭で用意して話す英語は、テストみたいなものだからです。
ではどうすればいいのかというと、
上から順々に英語を読み、理解していく「英英辞書で読む一語一語」。
日本語に翻訳するときのように、後ろから訳さずに理解していきます。
今回は
Seize
読み方は「シーズ」。
『今を生きる』という映画のセリフ
Carpe diem. Seize the day, boys. Make your lives extraordinary.
Carpe diem.はラテン語で、Seize the dayと同じ意味。「今を生きる」です。
なぜSeize the dayが「今を生きる」なのでしょう?
説明を見てみましょう。
If you seize something, you take hold of it quickly and firmly.
日本語で上から読んでみます。
もし
あなたが
seizeする
なにか
なら、
あなたは
とります
ホールドします
それ
すばやく
しっかりと
これで意味が理解できたでしょうか。日本語順に並び替えてしっくりしたいところですが、まずは我慢します。
もし
あなたが
seizeする
なにか
なら、
ここまでは大丈夫でしょう。
あなたは
とります
ホールドします
それ
すばやく
しっかりと
分かりずらいのは、「とります ホールドします」の部分ですが、
take hold of
は「掴む」です。
この場合のtakeは「そういうアクションをとる」という意味で、holdは「保持」もしくは素直にカタカナのホールドの意味です。
この「掴む」を、素早く、しっかり行うのがシーズというわけです。
実際に腕を掴むという行動以外にも、いろいろと使えます。
When a group of people seize a place or seize control of it, they take control of it quickly and suddenly, using force.
上から訳すと、
とき 集団 シーズ 場所 もしくは シーズ コントロール それの
かれらは とる コントロールを それの すばやく そして 突然 使って 力
という感じです。
ここから推測すると、日本語では「制圧」「奪取」「奪う」という言葉が浮かびあがってきます。
When
someone
is
seized,
they
are
arranged
or
captured.
これも、捕えられた、もしくは確保されたという意味です。
シーズは掴むという意味だけでなく、しっかり掴み、動けなくするという意味があるということになり、それに伴う使い方が「制圧(コントロール)」となります。「占拠」という意味にもなります。
「チャンスを掴む」でもシーズです。
If you seize an opportunity, you take advantage of it and do something that you want to do it.
「もし機会(チャンス)を掴んだら、それを活かして、やりたいことをしなさい」
「今を生きる」に戻りますが、
Seize the day
は、
今日をしっかりと掴み、握って離すな
というイメージが浮かび上がってきました。
また、
今日を自分のものにしろ
今日を自分の好きなように生きろ
というイメージもあるはずです。
イメージ湧いてきたでしょうか。このイメージをまとめて、
「今を生きろ」
となったのでしょう。
おまけですが、Seize onという言い方もあります。
If you seize on something, or if you seize upon it, you show great interest in it, often because it is useful to you.
「自分にとって有益であることが多いため、すごい関心を表すこと」
となります。
物ではなく、考え方に関心を持つ場合に使われるようです。
The content explains that phrases like “Don’t you” and “Can’t you” in English seek agreement, conveying an expectation of shared opinion rather than solely asking for a yes or no answer. These constructions suggest an underlying assumption, often that the speaker holds a certain belief they expect the listener to agree with. There’s also a hint of a pattern in both Japanese and English where one asks using negative construction if they themselves will engage in an action and positive if they will not.
To speak reflexively in English conversations, practice is essential. Key responses to questions like “Are you sure?” should be practiced repeatedly. Japanese speakers may find responses to negative questions confusing, since nodding in agreement differs culturally. English requires verbal affirmation or negation regardless of head movements, a concept that necessitates repetitive practice to master. Additionally, becoming accustomed to the subjects ‘they’, ‘he’, and ‘you’ in such contexts is crucial for fluency.