I’m not dead at all! not at allを自然に。
最近の本当によくしゃべる。しゃべりたくて仕方が無いという感じだ。 そのなかでたくさんの驚き …
We been there, didn’t we?
「そこに行ったよね?」という意味で娘がついに付加疑問詞のdidn’t we?
を使った。正しくはhaven’t we? かもしれないが、娘にとってはまだwe been there は単なる過去形なので、仕方が無い。
didn’t weも私がほとんど使わないので、自然に出てきたもの。
教えたり、使うようにプレッシャーをかけるのではなく、出てくるタイミングで出てくるところが凄い。
子どもにとっては、「だよね」という言い方は日本語でも圧倒的に多く、使いたい言い回しだと思う。
kind of, little bit, isn’t it
ここらへんの言葉はやっぱり使いたいようだ。
私としては、癖なのか
It’s good. と言ったあとに少し間を置いて、
isn’t it. ○○(相手の名前)
という使い方をする。
続けて言うのももちろんだが、この使い方も間違いではない。
ところで、昨日アニメを観ている娘を捕まえて、もっと話をしようと、画面を見ながら「これは何?」と質問をしていった。アニメを観すぎなので、もっと会話をしたかったし、画面に映っているものを教えたかったのだ。
魚を指さして、「この魚は何?」と聞くと、「ナントカフィッシュ」とその名前を娘は言うが、私はわからないし聞いたこともない。
「この葉は何?」と聞くと、
It’s not leaf. It’s seaweed.
と質問を訂正された…。「これは?」とタツノオトシゴを指さすと「Seahorse」。
特に教えられるものはなかった…。
二人でスターウォーズの遊びをしていて、娘がダース・ベイダー、私がボスになった。
彼女はスターウォーズをしっかり観たことがないので内容は知らないが、とりあえずルークと戦う。
ダース・ベイダーとルークの戦いの途中で、私が耳打ちした。重大な秘密だ。
「ルークは君の息子だよ」
すると娘は驚き、戸惑った。
娘 So I can’t fight him. じゃあ戦えないよ
私 Why? どうして?
娘 Because If I kill him, I would be so sad. だって彼を殺したら悲しくなる
私 So, what you gonna do? じゃあどうするの
ここでしばらく考えて、
娘 I kill you! あなたを殺す!
と映画のような展開になった。
このあと、しばらくこのお芝居をループすることになった。
6月19日
娘が「私達は透明人間だから誰も見れないよ」と言いたくて、
No one can never ever see us!
と叫んだ。
一瞬思ったのは、
Never ever という「決して」の強調バージョンを使ってきたこと。
どこかで聴いたんだなと思った。凄いなと思うと同時に、canのあとにneverの順番で正しいのかどうか迷った。
さらにNo oneのあとにNeverってあるのだろうかという疑問。
いろいろな疑問が立ち上がったが、そんな日本人特有の臆病な英語感とは違うところで、娘は堂々と使っていて頼もしかった。
とりあえず、すぐの否定はやめておこう。
まず、
Never ever
これは「二度と~しない」という意味で、歌の歌詞などによく登場する。日常でもよく聴くフレーズだ。
Everの部分が強調なので、never ever everとなってもいい。
次に
never can か can never か
いろいろ人は言っているけど、結局どっちでもいいらしい。
二重否定
ここまではいい。最後のNo one ~ never は二重の否定になるので、正式には違うのではないかという部分。
日本語で昔「全然いい」という言い方が出てきたときに、最初は違和感があった(使われていたのは「全然よくない」「全然違う」)ものの、今では普通になってしまった。
英語でもそういうのがある。
「I don’t do nothing は、正式にはI don’t do anythingである」とか「教養のある人はI don’t do nothingとは言わない」とか「その意味は二重に否定して肯定の意味になる」とか言われるやつだ。
でも実際はただ単に強く否定する感じで
I don’t do nothing = 何もしない
という意味で使ったりすることもある。
だとしても、ここはセロリー通り考えると、
No one can ever see us.
となる。
だけども、これを理屈を持って説明し、理解できる年齢ではない。
単純にNo oneを「誰も」という意味で使い、
Never ever を「決して」という意味で使いたかったから使っただけだと思う。
いずれにしろ、そんなことを考えてしまう大人に英語がペラペラ話せるはずがない…。
対策として今度、No one can ever ever see us. と言ってみよう。
4月19日 I put it back where to belong.
お菓子売り場で、ジャンケンのおもちゃ菓子を手にとったので、
No.
と私が言った。
すると、娘は手にそれを手にとったまま移動して、
I put it back where to belong!
そして、そのジャンケンのお菓子を別の場所に置いた。そこにはたくさんのジャンケンお菓子。誰かが一個だけ別の場所に置いてたのを、娘が拾って元の場所に戻そうとしていたのだ。
つまり、
「元の場所に戻すんだよ!」と言っていたのだ。
自分の勘違いを反省するとともに、再びのbelongの登場に驚いた。
where to belongですぐに「元の場所」という意味はわかったが、本当にそのような使い方をするのかどうかは、私にはわからない。
でもありそうな気がする。
他の使い方を思い出すと、
The snack belongs to me. そのお菓子は私のですよ
これが一番わかりやすいけれでも、「元の場所」という使い方ももちろんある。
The snack belongs on the box. そのお菓子は箱の中に置かれるものだよ
娘の言い方を他の言い方に置き換えてみると、
I’ll put it back where it belongs on. ともなる。
人の場合は、
where you belongで「君のいるべき場所、居場所」。
さて、where to belongという言い方があるのかどうか。
たぶん大丈夫だ。
「いるべき場所」
という意味で問題ない!
4月5日 I’ve been searching for it.
縦笛が見つからないと言うので見つけてあげると、
Oh! I’ve been searching for it.(ずっと探してたんだよ)
と言った。
「『前からずっと~し続けている』は現在完了進行形」と私が学んだのは、たぶん高校生のときだ。
中学のときは英語が得意で、成績も良かったが、高校になって落ちてしまった。それはすべて、現在完了形という言葉のせいだ。
この日本語が当時面倒に感じた。
その面倒な完了形を、娘は普通に使いこなしている。
何度も言って恐縮だが、使い方を教えたことはない。
私が何度も使っているというわけでもない。
I’ve been searching for it.
娘にとっては、これは「現在完了進行形」ではなく、単に
I’ve beenとsearchingが組み合わさったものだ。
感情的には、beenに「ずっと」というものが入っている。
それにしても、I’m searching(探している)ではなく、I’ve beenを使うのは、現在完了の感覚を知っているのかと思うと不思議だ。
もしかしたら、
I’ve found といった現在完了を知らないのかもしれない。
ただ、私が良く使い、娘も使う
I’ve been there(行ったことがある)
を応用しているという仕組みだ。
そうだとしても、「経験」の意味合いがあるI’ve beenと、現在完了進行形では、日本人としては違いを感じてしまう。
子どもの言語習得能力はやはりミステリアスとしか言いようがない。
日常生活で現在完了進行形を使ったことがあるか? と自分に問いかけると、恥ずかしながらほとんど使ったことがないと思う。
応用が恐ろしいほどに効かないのが私であり、大人なのだ。
3月12日 Nononono!
娘と同じやり方で英語習得を試みている颯太くんと愛ちゃんで、久しぶりに再開。颯太くんを私の車に乗せると、ペラペラと英語を話し出した。内容はめちゃくちゃだけど、完全にいわゆるネイティブな発音の英語をマシンガンのように出して行く。
私の娘も反応して互いに英語で話す様子が面白かった。
一番面白かったのは、颯太くんの
Nonononono!
というのを否定のジェスチャーと口調で言う様子。
これは大人の日本人にはなかなかできない。
もしやると馬鹿にされてしまうかもしれないからだ。
それくらい颯太くんのNOは本場の響きがあった。
3月8日 Wait up!
「言語において教育をあまりしてはいけない」と私は子育ての間に思うようになって、あまり言葉の間違いを指摘しすぎないようにしている。というのも、私はネイティブスピーカーではないから、たまに「そういういい方はしないよ」と指摘をしても、あとで娘のほうが正しいことがあるからだ。また、細かい指摘をして、言葉が出てこなくなるような気がするので、間違っても自由に話させるようにしていた。
しかし。
先日トイレで、娘が
Wait up!
と言った。私はそんな使い方はないだろうという意味で、
It sounds like wake up. (起きて みたいに聞こえるね)
と返した。
さすがにWait upはないだろうと思っていたのだ。
数日後、『魔女の宅急便』を英語で観ていると、トンボがキキに向かって言った。
Wait up! (待ってよ!)
また私は勝手な親心で間違った指摘をしてしまったのだった。
ひたすら反省。
Wait upの使い方
トイレで娘がそういったのは、私が立ち去ろうとしたとき。
「行かないで!」の意味で使っていた。
トンボもそう。
なので、立ち去ろうとする人に向けて言うイメージらしい。
でも、同じシチュエーションで Wait! だけでももちろんいい。
待って〜か、待ってくれ〜くらいの違いだ。
2月27日 Mummy does, too.
帰り道。だんだん温かくなってきたので、ゆっくり抱っこしながら家路を歩いた。
井の頭公園にはシンボルアニマルとして知られる「ぞうのはな子」さんがいたが、去年亡くなってしまい、街のどこかしこにそれを悼むメッセージがある。
娘がそれを見つけたので、「ぞうのはな子さんが亡くなったけど、(生前に)会ったことあるね」という話をしたら、
娘は「すごく悲しいし、みんなも悲しいね」と英語で言った。
そのあとに
Mummy does, too.(ママもね)
と文法的に正確に言った。
Mummy do, too. と間違わないのはなぜなのか、わからない。いつものことながら、教えてはいない。
クルマの中では、「ペドロ(キャラクター)が風邪ひいてるの?」と聞いたら、
Not exactly. (そうじゃなくて…)
と返された…。発音は正確で、ナッライグザアクリィ。
1月25日(水)Please, stay inside. There is a Dragon about
夜、娘が寝る前にするベッドタイムストーリー。最近読んでいる英語の絵本を、絵本を使わずに語ってみた。すると途中で、
Dad! You forgot this. “Please, stay inside. There is a Dragon about(家にいてね。ドラゴンの件があるから)”
と言う。
絵本の中の本当の台詞部分を覚えていたのだ。私自身が覚えていないので、What? と驚いた。
私がYou are really clever. と言うと、
Father Christmas watching me? (サンタさん私のことみてる?)
とニコニコしていた。
1月5日 3歳8ヶ月 I won’t cry.
お寿司やさんに行く途中、景品のおもちゃを今回はもらえるかどうか娘が聞いてきた。
「もらえるかどうか、わからない」
と答えると、
I won’t cry. (泣かないよ!)
と少し辿々しく娘が言った。
私は驚いて、「すごい! どこでその言い方覚えたの? パパが言ったから?」と聞くと、
Yes!
と言う。
確かに一ヶ月くらい前にWon’tをわざとらしく言ったかもしれない。
でも、本当に意味がわかっているかどうかわからないので、いろいろ聞いてみたら、わかっているようだ。
「won’t(ウオント)とwant(ワント)が似ているけど違うよ」という話も少々して、理解してくれたらしい。