動力装置系が「壊れる」はBreak down
娘が小さいころは、おもちゃが壊れると It’s not working anymore. …
6歳の娘が最近はまっているアーティストがJoJo Siwa。
彼女のファッションも歌も大好きで歌っているのだが、一番好きな歌が『BOOMERANG』という歌だ。
このサビを彼女が歌うと、妻もそこが面白いから教えてとなるのだが、上手く発音できない。
サビの歌詞は、
I’mma come back like a boomerang.
このI’mmaとは何なのかということになるが、これは
I’m going toの意味だ。
歌詞は「ブーメランみたいに戻ってくるわよ」となる。
どうしてこういうカジュアルな言い方が発生したのかというと、I’m going to の省略形であるI’m gonna が面倒で、さらに省略したからだ。
gonnの部分が抜けたことになり、発音はアマ。
同じように、
It’s gone be という言い方もある。
It’s going to beの省略で、It’s gone be good. で「良くなるよ」。
あまり使わないかどうかというと、「使う」。
発音はゴーイングを速く言ってゴイングではなく、ゴンビーでいい。
現在、娘は6歳なかば。
英語のプレスクールは長い長い夏休みに入っている。(8月現在)
0歳から英語で話しかけて、英語を話すようになった娘の現在の課題をまとめてみる。
1年前に引っ越し、保育園の時間が長くなってから、少し会話の時間が減った。
母親の会社の事業保育なので、母親と一緒に帰ると後部座席で二人で日本語で話す。以前は私と二人で先に帰っていたので、車中も英語だった。
帰宅するとご飯、お風呂、英語のアニメを見て就寝。ベッドでの絵本は母親が日本語で、最近は「日本昔ばなし」も好きなようだ。
家族三人のときは日本語になる。妻が英語を話さないからだ。
保育園は金曜日以外は日本語の保育園。となると、日本語の割合は80パーセントくらいになっているのかもしれない。
また、英語のアニメは英語の勉強にはなっているが、夢中になって私との会話がなくなる。なので、1エピソードごとに観た内容を私に伝えることになっている。これは効果大で、説明力が上がっている気がする。
問題は、私との会話だ。
家で過ごしているとき、私はもちろんというか、独り言を言って過ごしてるわけではない。一人で何かをしているときは黙って行動している。普通はそうだ。
日常の簡単なことは娘と英語でやりとりする。
そして、ときどき、英語で議論をする。
「友達との付き合い方」「宇宙の成り立ち」「動物について」などなど。
この議論のパートと、独り言パートが少ないと感じている。
議論は、ふとしたときに発生する。娘が疑問を持ったときや、危険なことについて私が伝えなくてはいけないと思うとき。
そんなときの会話は少し上級で、議論は白熱する。
だが、少ない、もっとそういう時間がなくてはと思う。
独り言のパートは、私が日本人だから駄目なのだ。黙っているときは当然日本語で考えている。「英語で考えないと」と思っていても、私は結局100パーセント日本語脳なので、なかなか難しい。
「何も考えずに英語を口から出す」はやってみると結構できる。自分でも何を言いたいのかわからないくらいに英語は出てくる。
そんな英語に娘はいちいち反応して返事してくれる。
英語圏の家庭なら、そうやってどうでもいいことを口にしたり、反射的に何か言ったりする。日本人家庭がそれをやろうとする場合、どうしても意識的になってしまう。くだらないことは言わなくなってしまう。
だから私は、くだらないことでもなんでも、適当に英語を口にしなければならないと思っている。議論したいと構えても会話は始まらないし、肩の力を抜いた時間も必要なのだ。
2.の本を読む時間だが、これも難しい。
今、娘は英語の本を毎日、数ページ読んでいるが、あまり多くのページを読むのは苦痛らしい。
単語の本の英語を読むのも、それほど楽しくはないはずだ。
書くほうもそれほど得意ではない。
そもそも、ミニマリストのせいで英語の本があまりない。
自分から読みたくなるように仕向けなくてはいけないはずだが、日本語の本も英語の本も、自分から読もうとはしない。
まだ小学校入学前だから、そもそも読まなくてもいいのかもしれないが、絵本を読むのが好きな子は好きなはずだ。
今後、小学校に入ると勉強が始まる。日本語による勉強だ。
日本語で本を読むという点についてはそれで上達するだろう。
だが、英語で本を読むという点においては、ほうっておいても何にもならない。
日本に住む限り、日本語環境のパワーは圧倒的だ。保育園時代よりもずっと強力になっていく。
会話については私自身の問題だと思う。
娘と英語で話して暮らしているうち、私の英語力も20パーセントから60パーセントにはなったと思う。
だが、もっと包括的な意味での母国語的な日常が必要なんだと思う。
くだらないこと、馬鹿げたこと、真面目な話、勉強的なこと。
課題はまだまだ山積しているのだ。
日本人として人前で英語が出てこないという体験は、順番に繋げていく感覚がないというのが理由の一つとなる。
一人だとできる。
I gotta (しなくちゃ)という言い方の練習をしてみて。と言うと、
I gotta …と言ってから、次の言葉を考えるだろう。それでいいのだ。
だが、実際に独り言でも、人前でもそれをやってというと、出来ない。
言うことも決まってないのに、I gottaが先に出てくるはずがないからだ。
日本人なら、動詞よりも先に「しなくちゃ」が来るという順序で、物事を考えられない。
「俺は、しなくちゃ、帰る」という順序で言葉を考えたり繋げたりできない。
一語一語、順番に考え、言うといっても、いくつかの言葉はやがてまとめられていく。
例えば、Do youは「デュー」という一言になる。言葉としては、「デュー」「ワナ」「ゴー?」(Do you wanna go?)と三文節になる。
「服を着る」は put it on だが、これも一語になり、「プリロン」になる。
その場合はputのあとに次の言葉を考えて…とはならない。
「裏表逆」のinside outも一語になり、「インサイダウト」だから、
I put it on inside out は、「アイ」「プリロン」「インサイダウト」と三語になるのだ。
これは、日本語に慣れた我々にはいつまでたっても理解しにくいというか、理解したようでしていないという部分だ。
使うときには音は一語となる。
英語を勉強していて、一人で練習しているとだんだん上手くなっている感じがするとして、いざネイティブを相手に話すと、そうでもないと感じる。そんな経験はないだろうか。
要因はさまざまだが、ひとつに、「リズムが合っていない」というのがあるかもしれない。
このリズムというのはやっかいで、なんとなく一人ではできているようでも、実践ではなかなか活かされないのだ。
やはり感情、フィーリングといったものが中途半端になるとリズムが刻めなくなる。
アメリカのネイティブの話し方を聴いていると、地方の差はあれども、あるリズムを基にして話されている。
関係代名詞および接続詞Thatのトレーニングの方法としては、子どもはたとえばI spyという遊びの他に、「○○はなあに?」と日本語でもあるような簡単なクイズがある。
「細長くて、黄色で、誰もが食べたいものなあに?」といった問題を作るものだが、これを英語でやってみる。
Guess what is a long, yellow food that everyone wants to eat?
この問題を作るときに、主語を作るわけだが、thatを使えばいい。
Guess what? と言ったあとに、It’s long, and Yellow, and Something that everyone wants to eat.
と言ってもいい。
この方法は、その言葉の名前を知らなくても、モノの形や色、同じ体験などを使って「あれ」を共有したいときに使えるもので、こうやって表現できることで、たとえ名詞を使わなくてもいろいろ話ができるようになる。
You remember? That one! See, that food that we eat in France…
といった感じだ。
家族でやる場合は、
A hard, box that we saw yesterday
という感じで、that以下を経験にすれば、制限用法の関係代名詞となる。
接続詞のthatは自分で使うときは感覚的に使える。I think thatとか、I know that とまず言うのは簡単で、そのあとに文章を加えればいいだけだ。
そんな感じなので、子どもも小さいころからすぐにこの使い方をマスターする。
5歳では文字の読み書きに移行し、もう一度アルファベットを洗い直し、フォーニックス(日本では「フォニックス」)による発音をやった。
夏の引っ越し後に金曜日だけ通うようになったイングリッシュ・プレスクールでは、アルファベットやフォーニックスは普通にやっている。日本の保育園ではまったく読み書きをやらないので、大きな違いがある。
金曜日だけのプレスクールで学ぶことは少ないので、基本的には読み書きは家で行った。
まず、1歳くらいからABCソングを歌っていたにもかかわらず、ひとつひとつのアルファベットを示すと読めないものがあるという衝撃。
自然に覚えるかと思いきや、何もやらなければ何も変わらなかったという衝撃。
まだ3歳や4歳では「まだ早いのかも」と思ったが、5歳では早いということはない。
なので、アルファベットのカードで読めないものを徹底して洗い直した。
フォーニックスに関しては、アニメ『アルファブロックス』が好きなので勝手に覚えるかと思いきや、それもまったくもって間違っていた。
単語を前に、「フォーニックスで読んでみて」と言っても最初は全然読めず。
アルファブロックスでやっているやつだよ、と伝えて「なるほどー」と言っていたが、改めて親からフォーニックス読みを教えた。
一度教えると早かった。それは『アルファブロックス』のせいだと信じたい。
ただ、実際は毎回、「ブ、イ、ヅ…」とフォーニックス読みを一語一語ゆっくり読んで、最後に、「○○!」と完璧な発音で言うのは、絵本の文章を読むときには苦痛だ。
「フォーニックス読みは頭の中でやって、口に出すのはわかってからにして」
と伝えると、そうやって絵本を読めるようになった。
また、単語のフォニクス読みの勉強も続けているが、英語にはサイレントワードがあり、異なった読み方があるため、フォーニックスだけでいいことはない。
教えていて気づいたのは、フォーニックスではなくアルファベット読みがあること。
Cakeの発音はケイクだが、aはエイと読む。これはaのアルファベット読みだ。
フォーニックスだと「ア」に近い発音になり、Apple、Capという単語がある。
ちなみにeはサイレントワードで発音しない。
Airはエアで、フォーニックス読みするとアイアになる。エアと読むためにはAをエイとアルファベット読みしなければならず、そうなるとiはサイレントワードになる。
Find、 Island、Niceはiの部分をアイと読むが、これもアルファベット読みだ。
フォーニックスでは「イ」の発音になる。Fill、Finishなど。
他にgでジャイアントとギブという違いがあり、oにモウメントとボックスがあり、uにもeにもそれがある。
ライトLとダークLの違いも実はそこにあるのではと勘ぐってしまう。ライトLはアルファベット読みで、ダークLがフォニクス読み。
違いがないのがb、d、h、k、m、n、p、q、v、w、z。
cはchでチになり、sもshでシになる。xはboxがアルファベット的だが、Xylophoneはザイロフォンでまったく違う。
Yはまた不思議だが、Tummyだとイという発音になりフォーニックス。
Tryだとアイとなり、ワイのアルファベットに近くなる。
TはQuestionのときにチョンとなるが、フォーニックスだとツォンになるはず。
アルファベット読みのティー&オンのほうがチョンに近い。
uは複雑だ。Understandでア、Useでアルファベット読みになるが、もう一つある。
母音のアイウエオを考えるとウの部分はuにやってもらわないといけない。が、述べたとおり、uのフォーニックスはアで、アルファベットはuseのユー。
eはTeaでアルファベット、tellでフォーニックスのエ。イはiで、オはo。
ではウの場合はどうするのかというと、Cloudのuとなる。他にCourse、Blueなど。
娘はPutをフォニクス読みでパットと読んだ。PushもPutもウだが、フォーニックス読みをやるとこうなってしまう。
このような複雑さがあって、アメリカ人には小学生で「読み」が苦手な子が多い。読みが苦手でもすらすら話せるし、日常生活に支障はそれほどない。
ただ、この問題点に真剣に向き合っているかといえば、そうでもない。
中学から英語を学んだ世代はフォーニックスをやらずに、ただCakeはケイクで、Chidはチャイルドだと学んだ。漢字を使う我々には楽勝だった。
でもフォーニックスをやると子どもは真剣にフォニクス読みをしようとする。
そこで実際の読みとの違いに戸惑ってしまうのだ。
この文章を書いた日、娘からいくつか質問を受けた。まず、Placeをプレイクと読んだのだ。cの部分はスで、eはサイレントと教えるとどうして? という質問になったが、このスはCのアルファベット読みなのではと考えた。シーではないが、近い。
また、laterのrは、アルファベット読みじゃないかという指摘も娘から受けた。
たしかに。