Family 英英辞書で読む一語一語
英英辞書に書いてある英語は実にシンプルで小気味が良い。 英語で物事を説明しようとするときに …
この日本語について考えてみよう。
「ずっと思っている」「ずっと考えている」「今考えている」「もう食べている」「そこに前に行っている」「今日は3回、そのお菓子を食べている」「鍵をなくしている」
これは英語での現在完了の使い方と、進行形の使い方だ。
すべて「ている」が入っている。
この中で進行形は「今考えている」で、他はすべて現在完了。
進行形も含めて、現在完了は「ている」でフィーリングが掴めるものが多い。
英語での分類である継続・完了・結果・経験というのをなかなか理解できなくても、この日本語だったら使い方はわかる。
英語ネイティブも、単純に「ている」の部分であるhaveを意識することで使っている。過去の動作をhaveで包んでいるのだ。
この「ている」の文例を、継続・未完了時制含む・結果・経験で分けるとこうなる。
継続「ずっと思っている」
継続・現在完了進行形「ずっと考えている」
未完了時制「もう食べている」「今日は3回食べている」
経験用法「そこに前に行っている、行ったことがある」
結果用法「鍵をなくしている」
※完了の完了用法だけ違う 完了用法「食べた」「ちょうど食べたところ」
日本語だと意味やフィーリングがわかるのに、英語だとわからないのはなぜか。
それは、現在完了はすべて、「過去のアクションが今に繋がっている」と説明されるからだ。
これが難解なのだが、たとえば、「現在完了の完了の未完了時制」は、純粋に動作が今に繋がっているとはいえない。
小学校の分散登校がはじまり、帰宅時に迎えに行った。
帰りの途中、日本語を教えてという。
どうして? と聞くと、「今日はとっても恥ずかしかった」と英語で言う。
理由を訊ねると、算数の授業で、コマを積むことをなんて言うのかと先生にきかれ、みんなの前で
「スタック」と言ってしまったらしく、日本語で説明できなかったという。
Stuckのことかと思い、だったらpile onじゃない?
というと、それは違うという。
私は心の中で「いや、pile onだろう」と思い、うーんとなっていたが、家に帰ってから調べてみると、その単語はStackだった。
これもpile onと同じで、「積む」という意味だという。
いずれにしろ、「積む」という言葉が出てこなくて恥ずかしい思いをしたようで、今後もいろいろあるだろうけれど、今はひらがなや漢字を一生懸命勉強していて、ひたすら前に向かってほしいと思う。
コロナによる自粛期間中、妻と娘は「あつ森」に夢中になっていて、お昼ご飯を食べたあとに娘がいち早くゲームを始めた。
あとから部屋に合流した妻は、「私もやろうと思ってたのに」と娘に伝えると、娘は、
「ママ、こういう言葉知ってる? You get what you get. You don’t get upset.」
妻はなにそれ? となり、娘が「じゃあ、You getってわかる?」と説明をはじめたが、うまく説明できなかった。
私はそれを別の部屋で聞いていて、あとで「どこで覚えたの?」と聞いたら、やはりアニメだった。
この言い方は、リズム良く言うらしい。upsetまでがそのリズムで成り立っている。
意味は、「得るものは得るんだから、落ち着いて」みたいな感じだ。
順番に不満がある人に向けられる場合が多い。
この言い方でupsetの部分が変わったり、いろいろな言い方があるらしく、「ちゃんとあなたの番はくるから大丈夫、怒らない怒らない」というニュアンスは一緒だ。
スポンジボブのアニメ映画を娘が気に入って、その話をしていると、フォーミュラという言葉が出てきた。
F1で使われる、フォーミュラだ。
わたしは勝手に、「基本の」的な意味だと解釈していた。
娘がなぜこの言葉を出してきたのかというと、映画に出てくる人々は何を欲しがっていたのか? という私の質問に答えたからだ。
なぜかというと、みんな「カーニーバーガー」のフォーミュラが欲しいという。
「フォーミュラって何?」と聞いてみると、
カーニーバーガーのレシピだという。
カーニーバーガーはどんなバーガーか知らないが、その世界ではめちゃくちゃ美味しいらしく、そのフォーミュラをみんなは手に入れたい。
フォーミュラが「基本」だと意味がわからないので、スマホで調べてみた。
訳は、「式」だという。
式として考えると、数学の公式という意味になる。が、薬品や飲料の調整法とも書いていて、まさにこれだ。時々、Magic formulaと言っていたので、カーニーバーガーを美味しくするための魔法の呪文かもしれない。でもレシピとも言っていたし、それが組み合わさったものなのか…。
謎だが、フォーミュラは数学の公式、式という意味でもあり、呪文やレシピの意味もあり、なんとなくイメージは掴めた。
F1はなぜフォーミュラという言葉を使っているのかというと、レースに出場するための規定のことを示していた。出場するための決まりごと。それがフォーミュラだったのだ。
発音はフォーミュラー。
ある人と話していて、「大人はそれほど子どもに向けてゆっくり話したりしない」という話になった。
本当に小さいころには赤んぼうに対するようなゆっくりとした話し方をするけれども、娘が通っているプレスクールの先生も、ネイティブの親たちも、娘に対して容赦ないスピードで話しかける。
なので、私も娘に「好きなYoutuberみたいに普通のスピードで話してもいいよ」と伝え、私もゆっくり話さず、もしかしたら聴きとれないんじゃないかと思うほどの塊感で話してみた。
感触としては、まったく問題なかった。
そして娘は、「本当にそのスピードで話していいの? 今までパパが駄目だって言ってたから話さなかったのに」といって超スピードで話しはじめた。
Continue reading 英語には、教材の音では得られないものがある。 0011年と少し、毎週金曜日だけ通った英語のプレスクールも卒業となる。
友達もできて、週末に公園に行くと、たいてい誰かに会えるという状況になった。アメリカ人のパパママたちと対等に話す娘は頼もしい。
公園からの帰り道、「パパの知らない単語を教えて」と聞いてみた。
「そんなの全部知ってるでしょ!」と返されたが、少し考えて
スレーティック
と言った。最初はわからなかったが、Athleticsのことだった。
次に、アンティドゥーツと言う。
わからないので説明をしてもらったら、ミックスして違うものを作るポーションみたいなもので、たとえばオレンジのクリスタルを粉末状にして水に溶かして10時間待つとできるという。
おそらくアニメで知ったのだろうが、よくわからない。
スマホに向けてその単語を発音してもらったら、これが出てきた。
Antidote
意味は「解毒剤」だった。
おそらく、毒や魔法に冒された人物を救うために使われたのだろう。
ちなみに、解毒作用は
Antidote action
と言うらしい。
他に、
ケミコー
つまりChemicalのことも言っていたので、知らないふりをして長い説明をふんふんと頷きながら聞いていた。
今後は小学校入学に向けて、英語の勉強的なことも増やしていくつもりだ。
簡単な単語を使った多様な言い回しを重点的に教えていく。
入学前まではリスニングとスピーキングに集中したが、絵本はある程度読めるようになったので、リーディングも強化していく予定だ。
娘が漢字の勉強をしていて、「学校」のよみがなを「がっこお」と書いた。 「いや、これは『がっ …
世界中のどの話し言葉も、音と棒線の連続だ。
音を伸ばすことで言語は成り立っているが、それはおそらく、最初に叫んでいた、歌のようにしていた、といった理由だと思われる。
伸ばしてイントネーションをつけることで、文字がない言語も口承で物語を継承してきた。暗記が容易になるからだ。
しかし、文字にする段階で棒線が軽視されるようになったというのは、悲劇だった。
話し言葉は音と棒線、リズムのようなもので成り立っているのに、文字で表現されない。
これによってバベルの塔の話は納得できる。違う国の人が、書物によって言語を習得することを難しくさせたのだ。
言葉はリズムが先に立つと仮定して、外国の歌を聴いてみる。
すると、アとかハとかの音をある程度無視して、リズムがやってくる。
ダーダダダーダダダーという感じで、すぐ真似できる。
これは、電話番号を暗記するときと似ている。
ゼロサンニーノ、ゴーゴーゼロロクという風に、伸ばしたり伸ばさなかったりして、リズムで覚える方法だ
棒線をなくすと、一気に暗記が難しくなる。
赤んぼうはもちろん、言葉を覚えはじめの子どもは、完全にこの方法で言葉を覚える。なので、最初は音は不正確。でもリズムは合っている。
歌もすぐ覚えられる。中の単語は間違っていても、リズムで乗り切りきる。
英語を勉強している大人は、これができない。聴き取ろうと思うあまり、自分が聴き取れた音だけを認識し、あとは捨て去る。文全体のリズムを把握できないのだ。
たとえば、スケジュールという英単語は、英語的に書くと、スケジューオといった感じ。音声辞書ではそう聞こえるかもしれない。それが実際の話し言葉を基にカタカナ英語にするとこうなる。
スケジョー
アクセントは太字のケで、棒線部分は思いっきり伸ばしてかまわない。
スペルを分析すると細かい発音のポイントがあるが、無視。
センターという言葉は、音声辞書では普通にセンターという音になる。
それが話し言葉になると、実際の音は
伸びる場所、伸びない場所というリズムが大事だとするならば、実はカタカナ英語の実力は凄い。
ただし、伸びる棒線をしっかり重要視しているかどうかが鍵となる。
英語のスペルにも漢字にもひらがなにも、どこを伸ばすかという点は表記されない。
それが英語を難しくさせているのだが、カタカナには棒線表記がある。どこを伸ばすのか、はっきりと明記しているのだ。
そもそも、日本語ではひらがな表記があるが、実は実際の発音とだいぶずれている。
だが、日本人がそれに気づくことはあまりない。
たとえば、
「おはようございます」
というひらがなを読むとき、日本人は
オハヨーゴザイマス
と読む。
だが、外国人に読み方を伝えるとき、ゆっくりと読むと、
「オハヨウゴザイマス」
と、はっきり「ウ」を言って伝える。
すると、外国人は常に「オハヨウゴザイマス」と言うようになり、
オハヨーゴザイマス
とは言わないのだ。
コンピュータがひらがなを読み上げるときも同様で、それが違和感になる。
東京には小金井公園という名前の公園があるが、ひらがなでは「こがねいこうえん」となる。
だが、地元の人は誰もそう呼ばない。
コガネーコーエン
と読むのだ。
だが、これを地元の人に指摘しても、「いや、こがねいって言ってるよ」と言う人もいる。
私自身、日本人の英語学習者として、ネイティブを前に聴きとれていないのに聴きとれているフリを何度してきたことか。
それが嫌で、自分のペースで話すことが多かった。聞き役にまわりたくないからだ。
有り難いことに、今はフンフンと自分があまり話さずに聞き役にまわることができるようになった。
前は、その「聴きとれているフリ」という現実に目を向けることなく、逃げていたように思う。
「いつか聴きとれる」と願い、英語の勉強を続けていたのだ。
だが、本を読んで記憶するような英語勉強方法で、それが克服されることは、本当の1ミリもなかった。
これは経験上の話で、私の場合は、完全にそうだった。
文法の理解も深まり、ビジネスで外国とメールを頻繁にし、国際電話で取材を毎日のようにしてもだ。
いろんなことも考えた。「話せるようになったら、自然と聴きとれるのではないか」
「単語をいっぱい覚えたら、きっと聴きとれるようになる」
どれも、まったくの間違いだった。リスニングから逃げていただけだったのだ。
英語を学習すればするほど、スペルによってどう発音するのかという知識も増える。
相手の英語が聴き取れると、頭の中ですぐにスペルに置き換えてしまう。
すると、「そのスペルによってこう発音する」という知識を使った発音に微妙に置き換えてしまうのだ。
たとえば英語の教室で、なぜか発音があまり良くない子がいたりする。
その場合、日本人の親がスペルを教えている可能性が高い。余計な知識が入り、スペルから自分の解釈によって発音し、目の前にいるネイティブの音を素直に聞き取れないのだ。
だから私は、6歳までの子にスペルや読み書きをやるのはあまりオススメしていない。が、経験上、ほとんどの日本人の親は、スマホのアプリや教材でABCからやり、Appleのスペルを教えてしまう。
相手の音をそのまま真似し、意味がわからなくてもリフレイン、もしくは発音するという行動をしてみると、子どもになったような気分になる。それが楽しくもあるし、不思議でもある。「英語(外国語)って、こんなにシンプルなのか」と思う瞬間だ。