「Stack」の日本語がわからなかった!
小学校の分散登校がはじまり、帰宅時に迎えに行った。 帰りの途中、日本語を教えてという。 ど …
娘が日本語で妻と話しているときに、おかしなカタカナ語が出てくるときがある。小学校では問題なので、そのたびに正しい日本語を教える。
ある日は、オクトパスをオクテパスと言っていた。
妻に日本語で話しているときで、はっきりとオクテパスと日本語的な発音に直して話していた。あとで、英語のOctopusを発音してもらったら、toの部分はテというより、英語的なto、トゥだった。
英語ではっきりとテと認識しているわけではないのに、日本語に自分で変換するときにオクトパスではなくてオクテパスになったのだ。
その後、Octopusの発音を辞書等で確認してみると、混乱した。
toの部分がトにもテにも聞こえる。
ラテン語から来ているオクトパスという発音は、英語では
オークトパス
となり、toはトが優勢だと感じた。トだが、日本語のトではなく、トゥというイメージだ。
でもカタカナにしたときにオクトパスとオクテパスだと、オクテパスのほうが英語っぽい響きがある。
英語のtoははっきりoの母音を言わないから、テのほうがoの母音が消えて子音っぽい響きになるのかもしれない。
「どうぶつの森」に出てくるジャスティンという名前も、娘はジャステンと解釈していた。これは、日本語のカタカナのジャスティンを、英語で聞いたことのあるジャスティンに勝手に解釈して発音したらしい。
日本人にはそれが英語だとしても、ジャスティンという発音であることには変わりないはずだが、ジャステンというカタカナには英語らしい響きがあった。
実際、英語でもジャスティンという音には変わりない。はっきりとティンと言うときもある。でも、日本語のティンかというと、そうでもない。
ジャステンという音も、間違いではない。日本語だと小さいイでもはっきりと言うが、英語のiのイははっきり言わない。なので、その点でテンが似ているのだ。
日本語ではティとかシェとか、小さな母音もはっきり時間を配分して言う。
英語ではその配分量が日本語と違う。それがオクテパスとジャステンの謎だったのだ。
英語の発音で伸びるのか伸びないのか、発音記号ではわからない部分があるのはなぜなのか。
それは、アクセントの存在が強力なためだ。
CanadaやPastaといった言葉は、キャナダ、パスタといったカタカナ表記でも問題ない気がするが、最初の言葉にアクセントがあるために、どうしてもそのあとが伸びる。ジュブナイルという言葉もそのままでよさそうだが、ジュにアクセントがあるので、実際にはジューブナイオと伸びるのだ。
このアクセントの強さは日本語に慣れ親しんだ日本人にはまったく理解できない。英語はこのアクセントをはっきりさせるために、溜め(ストレス)さえ使うのだ。
息を吸って、アクセントに備える。
息を吸って、一瞬とめる。それが溜めだ。
感情を込めるときは、たっぷり溜める。
キャナダのキャは、溜めてから言うからキャーになる。たっぷりの吐く息をそこで使うからだ。
アクセントの位置と伸ばす場所、伸ばさない場所がはっきりすれば、発音は驚くほど楽になる。オランウータンは英語でどういうのだろうといちいち考えてしまうのは、「伸ばすところがない」ということを知らないからだ。
発音は、オラングタン。
伸ばす箇所がなく、ラにアクセントがある音を知っていれば、堂々と発音できる。
よく英語圏の人が日本人の英語を聴いて首をかしげるやつも、この方法なら必ず通じる。
100パーセントだ。
Youtubeのカジュアルな英語はよくて、映画にはそれがないと話したが、ひとつお勧めの映画がある。『2番目のキス(フィーバーピッチ)』だ。
この映画に出てくるジミー・ファロン(今は超有名司会者)の英語は、かなりくだけている。
英語はカジュアルになると言葉同士が結びついて塊になる。
たとえば「ッツァップ」という音があるとする。
これを発音すると、英語圏の人には
What’s up? に聞こえる。ワを言うときも言わないときもあり、カジュアルになるとどんどん消えていく。
「ッツインナバアッグ」だと、
What’s in the bag?
ワッツ・イン・ナ・バッグと仕切って考えるより、「ッツインナバアッグ」という塊の音として聞いたり使ったりする。
子どものころは親も子もはっきり区切って話したりするのに、だんだん慣れてきて塊になっていく。
It’s pretty awesome. も同じ。ッツプリティオウサムと聞こえる。
他にも、ジミー・ファロンやドリュー・バリモアがこの映画で話す英語には塊が多くでてくる。
「ワリッダッフォー」は、What is that for?
もはや、中身の音なんてあまり気にしない。「ワリッダッフォー」と「ありがとうございます」は同じような塊だ。
映画に出てくる塊をいくつか紹介しよう。
ワリジュミン? どういう意味? What did you mean?
ワラディオッズ なんて偶然だ What are the odds.
アーウンメンバイッ 思い出せるよ I can remember it.
アイハヴァンナディクション 依存症だ I have an addiction.
ワリフドゥーチャリリィワーク もしチャリティの仕事をしてたら? What if I doing charity work?
ワリフアーイハーダセカンジョブ? もし二つ目の仕事を持ってたら? What if I had a second job?
娘が漢字の勉強をしていて、「学校」のよみがなを「がっこお」と書いた。 「いや、これは『がっ …
娘がアナ雪2の『Into The Unknown』を歌い出す。
でも、この歌の動画を見せた記憶はあまりない。
年末に妻と娘は英語版のアナ雪2を観に行ったが、それ以外ではYoutubeで勝手に観ていたのかわからないが、英語の部分も歌っている。
細かい部分は「ららら〜」と誤魔化しながら、サビの部分はほぼ完璧だ。
これはまさに、歌をリズムだけで聴き、歌っているため。
意味は二の次で、まずはリズム。ダラダラダー!という音と長短の組み合わせを聞いている。だから、聞いてすぐに真似ができる。
英語の聴き取りでは「今の単語聴き取れなかった」という意識が入ってくると、そのあとのリズムもなにもなくなる。
だが、子どもは意味や聴き取りなどといった考え方がなく、ただ音のリズムを聴いている。リズムは真似できる。
大人としては、たとえば「ふるーりーらら(適当な音です)」と聞こえたとして、意味も何もわからないと、やはり記憶に留めず流してしまう。
「ふるーりーらら」と聞こえたなら、それはそのまま使えるはずなのだが、記憶に留めない。
「セーロルドオーン」はリズムで「ダーダダダダーン」だが、細かい音の正確さは無理でも、「ダーダダダダーン」は簡単に聴き取れる。
正確に聴き取ればそれはSettled onだが、それがわからなければ大人は聞き流す。子どもは「ダーダダダダーン」もしくは「セーロルドオーン」で覚える。
と、そんなことをこのサイトで何度も主張しても、大人はリスニングにおいて意味を知ろうとするほうが必死だし、聴き取れた音だけを大事にする。もしくは、知っている音に変換しようとする。
真似しようとしない。
リズムだけを取っても結局無視してしまうのは、有用じゃないからということだと思う。意味がわからないから使えない、訳せない。だからだ。
子どもはそんなことさえ考えない。ただ真似している。
娘が歯磨きに行くのに、「洗面台に誰もいない!」といって嫌がるので、「ママがいるってば」と日本語で言った。
すぐに、「『ってば』って英語で言わないな」と思った。
そもそも、「ってば」ってどういう意味で、どういう使い方をするのか、日本語でもよくわかっていない。
「ってば」を使うときの例を考えてみた。
「さっき言ったってば」
この場合、相手が「○○はどこなのって聞いてるでしょ?」と少し怒って言ってきた場合の返答になる。
日本人としては「ってば」に入れる感情はきっと共通していて、別の言葉に置き換えると、「言ったよっ!」という感じになる。と思う。
「ってば!」
この微妙なニュアンスはやっぱり解説が難しい。ちなみに沖縄では「てばよ」とよく言う。北海道だと「言ったっしょや」とも言う。
「ば」をとって、「言ったって」で終わっても意味は同じだ。
基本的には、お互いに少し不満があるような状況で使われるようだ。
感情が高ぶってるときは、「言ったってば」の「ば」を強調したりする。
「ってば」でネット検索しても、適切な英訳は出てこない。
I told you!
で、「言ったってば」にもなるよ、と言われてしまう。
たしかにそうかもしれないし、強調を加えるというなら、
正月休み、娘が小さいころの映像をスマホでいろいろ観ていた。
どれも久しぶりで、しばらく観ていなかったものだが、3歳、4歳ごろの映像を観て驚いた。
発音が今とだいぶ違う。
しかも、残念なことに、今より、ネイティブに近いと感じてしまった。
そんなときは、多少ショックを感じる。
娘の成長を感じていただけに、なぜ? となる。
今、6歳の娘は当然ながら、3歳、4歳のころより語彙は増え、経験も増え、読み書きもできるようになった。映画もアナ雪2は英語で楽しみ、何の問題もないように見える。
だが、そうではなかった。
今までこのブログでも書いていた小さな問題が、少しずつ大きくなっていたのだ。
それは、発音の日本語化。
日常生活で日本語力はどんどん伸び、家でも家族三人では日本語になる。頭の中は英語らしいが、日常のささいな行動に対する言葉は英語から日本語に完全にシフトしていた。
英語は、対自分用なだけだ。
それでも、英語を話すという目的はすでに達しているのでいいと思っていたが、日本語が得意になるにつれ、英語の発音が日本語化しているのだと、昔の映像を観て気づいた。
2歳、3歳のころの英語は、つたないながら、発音は本物だ。今聴くと、どこにもツッコミどころがない。Rの発音はできているとまで言えないが、子どもなりにナチュラルなRになっている。
今の娘の発音を再確認してみると、ペラペラと英語を話すのだが、発音がフラットなのだ。これは日本語の影響で、口をあまり動かさない。また、アクセントと息を吐いて伸ばすという動作も少ない。
何度か娘に指摘してきたのだが、中途半端だったので達成できていない。
Rの発音も再確認してみると、やはりできていない。
小さいころの発音は、つたないだけに、ゆっくりと話す。言葉をはっきり、ゆっくり話すことで、日本語からすると大げさな、抑揚のある発音になる。
クリアで、伸ばすところは伸ばし、口の動きも大きい。
たしかにネイティブも大人になると子どものころよりフラット化するのだが、締めるところは締める。
その映像を観た翌日の朝、少しだけ特訓をしてみた。
ポイントは、
クリアに話す。
口を大きく動かす。
アクセント、ストレス部分の手前はしっかりためて、しっかり息を吐き出す。
Rの発音をしっかりする。
という点だ。
しばらくやってみるしかない。
「聴きとれたかどうか」ではなく、音そのものを出発点として、その次に意味を付加していくというアイディアを理解した上で、日本人英語学習者に実践してほしいリスニング方法が、「話すように、真似するように聴く」だ。
リズムだけを捉える=話すように聴く
リズムだけを捉える=真似するように聴く
とも言える。「自分が話すように聴く」というのは、相手の感情や気持ちに共感しながら聴くということでもあり、それによってリズムが合う。また、声に出さなくてもそれがスピーキングにもなっている。
「感情を込める」には、共感神経を刺激するという側面も非常に大きいが、ストレス(アクセント)を見つけるという部分も大きい。
ストレスに力を込める具合によって感情を表現するので、相手の感情ごと聴くというのは、ストレスを聴くということでもあるのだ。
だが、そこであえてストレスということにもこだわらずに、肩の力を抜いて英語を聴いてみてほしい。
相手の話すリズムや抑揚だけを聴くのだ。そこにはストレスも含まれている。
文全体の感情的な動きだけを追い、真似をする。
このやり方がいまいち理解できなかったら、まったく勉強をしていない外国語でやってみるといい。
たとえばスペイン語で、
ブエナスタルディス(こんにちわ)
と聞こえた音には抑揚があるが、ただそれを聴く。実際の音であるブエナスタルディスよりが聴きとれなくてもいいという気持ちで聴く。最初はダダという音にかえると、
リスニングをしていて、「勉強していたあの言葉が聴き取れた!」と思うときは嬉しい。
もっともっと勉強して、単語を覚えて、聴きとれる数を増やしたい。
しかし、そうやって覚えた単語は、たいてい、スペルに対する自分の発音方法に置き換えている。
さらに、速い英語になるとついていけない。訳しながら聴くというのは非常に難しいし、母国語的な理解とは違うプロセスを辿っている。
もし、子どもがやるように、普通に聴きながら自然と英語が体に入っていったら、どんなに楽だろう。
その秘密の鍵を探っていくと、シンプルな答えに辿りつく。
今ここでそれを言っても、誰も信じないけども、まずは書いてみる。